いろんな意味でマイノリティな僕の日常。
since 2009 October
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この前の夏休み、
実家に帰省して中・高の友達と飲んだ時の話をします
(明らかにネタのない日々を過ごしている…)
彼女は大学のサークルで中・高の部活を続けていたんだけど、
途中でやめたらしい。
彼女と言えば、
僕の次?僕と同じくらい?部活の虫だった。
それが、やめちゃったんだから、どうしたものか。
実は僕も大学入って、楽団に入ったんだけど途中でリタイアしました。
どうしてやめたのか彼女に聞いたら、
「高校生ノリに耐えられないから」だそうです。
実家に帰省して中・高の友達と飲んだ時の話をします
(明らかにネタのない日々を過ごしている…)
彼女は大学のサークルで中・高の部活を続けていたんだけど、
途中でやめたらしい。
彼女と言えば、
僕の次?僕と同じくらい?部活の虫だった。
それが、やめちゃったんだから、どうしたものか。
実は僕も大学入って、楽団に入ったんだけど途中でリタイアしました。
どうしてやめたのか彼女に聞いたら、
「高校生ノリに耐えられないから」だそうです。
ちょっとよく意味がわからなかったので笑、
詳しく聞くと、
「みんな頑張ろう!そうすれば、上に行けるよ!」
っていう、根拠のない自信というか、
夢を見すぎだというか、
そういうのが嫌だったみたいです。
それを「高校生ノリ」と言って適切なのかは不明です。
実際、僕たちは中学でひどく鍛えられました。
先輩とか、めっちゃ厳しかった…w
恐らく結果以上に努力をした部だったのではないか、と思います。
最終的な結果は県大会金賞。上には行けなかったけど、
ぶっちゃけ、あと1点だった…w
朝は7時前に行って練習していなきゃ
呼び出されてお説教。こんな毎日だったけど
僕は部活が楽しくてしょうがなかった(ドMというわけではありませんw)
それは「頑張れば上に行ける」という精神ではなく、
ルーティンだったような気がします。
僕は「やればできる」とは思っていません。
ただ、やるからこそコツが掴めたりするわけで、
あの朝の練習はきつかったけど、かなりいい栄養だった。
頑張っていても怒られる時は怒られる。
頑張っていなければもっと怒られる。
要するにいつも怒られてましたw
「こんなんでうまくなれると思ってんの?」って、何回言われただろうか…。
僕たちの部は結果にこだわらない部だったけど
「頑張ろう」という言葉は全く出てこなかった、
究極の現実主義の部だったように思います。
それで高校に入って、
同じ楽器の子に
「TAO.はどうして上手なの!?」と言われて、
すごくイライラしたことがあります…。
僕は毎朝練習を怠らなかった。その中で
コツをつかんだり、「確実に」上達していたんだから。
あの子は頑張れば何でもできると思ってる。
僕の勝手な分析だけど、
頑張れば何でもできると思っている人は、
比較的頑張らないようだ…w
高校にはそういう人が多かった気がします。
だからあの子は「高校生ノリ」と言ったのでしょう。
それで、大学生にもなって「高校生ノリ」なのは気に入らない、と、
そういうことだったみたいです。
まぁ。大学に入れば「飲み」が入るから
何でも打ち上げに繋がるわけで、
今までのように純粋な気持ちで音楽と向き合うのは難しいかも知れない。
でも僕にはそれがなんとなく理解できました。
「どうしてわたしはハイトーンが出ないの?」
「どうしてわたしは縦の線が合わないの?」
これは、
「どうしてサイには角があるの?」と同じ疑問だと思います。
でも彼女のサークルでは、
そういう質問が友達同士で執り行われ、
「大丈夫。練習すればできるようになるよ!」という
返答が当然のように返ってきて、
質問者が安心する
というシステムができているみたいで、
大学生にもなって
どうして自分の頭で考えたり
できないのか
と、
彼女は、お酒を飲みながら語っておりました。
「大学生にもなって」って言ってるけど、
それは中高生にも言えることだと思います。
ただただ楽器の音を出すだけでは
毎日練習をしていたって意味はありません。
練習中、頭をフル回転させ、どうすれば改善されるのか考えながら音を出す。
そして改善されればそれを体にしみこませるように何度も繰り返す。
それはすぐに達成できることではありません。
「練習すれば」なんて軽い言葉で表現できるような
努力量ではないことは確かです。
僕たちはそのことを中学で思い知りました。
現実というのはもっと厳しい。
その厳しさに耐えるには何度も同じことをして、でもできない
そのイライラに耐えなければいけない。
そしてそれを教えてくれたのが、
怖い怖い先輩たちでした。
彼らは「練習すれば」なんて一言も言いませんでした。
だから、何となく、
あの子が言っていることがわかりました。
僕もそのサークルにいたら、辞めていたか
毎日イライラしていたかどっちかでしょう。
でも逆を返すと
僕らはそのくらい、いい経験を中学でできたのだと、
思うことができているのは
そういうサークルが存在しているからだと思います。
あの厳しさはもしかしたら、
中学時代でないと経験できなかったことかも知れません。
だとすれば僕たちはすごく幸せだったに違いない。
僕はまだあの時の精神を忘れていません。
あの子もまだ忘れていないからこそ、こういう話をしたんだと思います。
今度は僕らの番。
何らかの形で僕らが教育者になった時、この精神を
誰かに伝えることができたらな、と思っています。
詳しく聞くと、
「みんな頑張ろう!そうすれば、上に行けるよ!」
っていう、根拠のない自信というか、
夢を見すぎだというか、
そういうのが嫌だったみたいです。
それを「高校生ノリ」と言って適切なのかは不明です。
実際、僕たちは中学でひどく鍛えられました。
先輩とか、めっちゃ厳しかった…w
恐らく結果以上に努力をした部だったのではないか、と思います。
最終的な結果は県大会金賞。上には行けなかったけど、
ぶっちゃけ、あと1点だった…w
朝は7時前に行って練習していなきゃ
呼び出されてお説教。こんな毎日だったけど
僕は部活が楽しくてしょうがなかった(ドMというわけではありませんw)
それは「頑張れば上に行ける」という精神ではなく、
ルーティンだったような気がします。
僕は「やればできる」とは思っていません。
ただ、やるからこそコツが掴めたりするわけで、
あの朝の練習はきつかったけど、かなりいい栄養だった。
頑張っていても怒られる時は怒られる。
頑張っていなければもっと怒られる。
要するにいつも怒られてましたw
「こんなんでうまくなれると思ってんの?」って、何回言われただろうか…。
僕たちの部は結果にこだわらない部だったけど
「頑張ろう」という言葉は全く出てこなかった、
究極の現実主義の部だったように思います。
それで高校に入って、
同じ楽器の子に
「TAO.はどうして上手なの!?」と言われて、
すごくイライラしたことがあります…。
僕は毎朝練習を怠らなかった。その中で
コツをつかんだり、「確実に」上達していたんだから。
あの子は頑張れば何でもできると思ってる。
僕の勝手な分析だけど、
頑張れば何でもできると思っている人は、
比較的頑張らないようだ…w
高校にはそういう人が多かった気がします。
だからあの子は「高校生ノリ」と言ったのでしょう。
それで、大学生にもなって「高校生ノリ」なのは気に入らない、と、
そういうことだったみたいです。
まぁ。大学に入れば「飲み」が入るから
何でも打ち上げに繋がるわけで、
今までのように純粋な気持ちで音楽と向き合うのは難しいかも知れない。
でも僕にはそれがなんとなく理解できました。
「どうしてわたしはハイトーンが出ないの?」
「どうしてわたしは縦の線が合わないの?」
これは、
「どうしてサイには角があるの?」と同じ疑問だと思います。
でも彼女のサークルでは、
そういう質問が友達同士で執り行われ、
「大丈夫。練習すればできるようになるよ!」という
返答が当然のように返ってきて、
質問者が安心する
というシステムができているみたいで、
大学生にもなって
どうして自分の頭で考えたり
できないのか
と、
彼女は、お酒を飲みながら語っておりました。
「大学生にもなって」って言ってるけど、
それは中高生にも言えることだと思います。
ただただ楽器の音を出すだけでは
毎日練習をしていたって意味はありません。
練習中、頭をフル回転させ、どうすれば改善されるのか考えながら音を出す。
そして改善されればそれを体にしみこませるように何度も繰り返す。
それはすぐに達成できることではありません。
「練習すれば」なんて軽い言葉で表現できるような
努力量ではないことは確かです。
僕たちはそのことを中学で思い知りました。
現実というのはもっと厳しい。
その厳しさに耐えるには何度も同じことをして、でもできない
そのイライラに耐えなければいけない。
そしてそれを教えてくれたのが、
怖い怖い先輩たちでした。
彼らは「練習すれば」なんて一言も言いませんでした。
だから、何となく、
あの子が言っていることがわかりました。
僕もそのサークルにいたら、辞めていたか
毎日イライラしていたかどっちかでしょう。
でも逆を返すと
僕らはそのくらい、いい経験を中学でできたのだと、
思うことができているのは
そういうサークルが存在しているからだと思います。
あの厳しさはもしかしたら、
中学時代でないと経験できなかったことかも知れません。
だとすれば僕たちはすごく幸せだったに違いない。
僕はまだあの時の精神を忘れていません。
あの子もまだ忘れていないからこそ、こういう話をしたんだと思います。
今度は僕らの番。
何らかの形で僕らが教育者になった時、この精神を
誰かに伝えることができたらな、と思っています。
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