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「闇」っていう字、
なんて美しいんだろうなんて思う今日この頃。
建物の中で、
何も見えない、
ただ自分が動くたびに何か音がしたり
外の喧騒が耳に入ってくる
そこには唯一
瞑想的な世界がある。
この文字はたったの一文字で
その「瞑想的な世界」を描いているわけです。
っていうのはとある随筆を読んでいて感じたことです。
戦後、GHQによって
「漢字は廃止しろ」という動きが出ました。
それはなぜか、
漢字は覚えるのに相当なエネルギーがいる。
でもアルファベットはたった26文字。
小学校の教育で漢字を教えなくなれば
それだけもっと効率的に学力を上げることができる、と。
でも、僕が思うだけですが、
例えばこの「闇」という文字を習うだけで
その意味、その文字の持つ瞑想的な世界を感じることができる。
だから、その文字を覚えることは無駄ではないと思います。
頑張って覚えるだけの価値はあるんじゃないかな?
結局GHQの提案は却下されたわけだけれども、
もし表意文字の利点を知らぬまま帰国したのだとしたら、
GHQの人も見る目ないなぁ~って言いたいですw
もったいないよね、漢字圏に来て漢字の一つも覚えて帰らないだなんて。
そんなわけで
「闇」という文字の持つ
静けさ・瞑想性を想像すると
とても心が洗われるみたいで
気持がすっきりします。
でも「闇」には悪い意味もある。
「闇市」「闇(ヤミ)金」
もし「闇」という読み方が「病み」と関わっていたとしたら?
それを考えると「闇」ってなんぞや?っていう疑問に突き当たる。
だけど、「闇」の瞑想性を考えるとき
人は純粋に
その静かで暗い盲目の
音楽の世界に浸る。
人間はひとつの記号に対して
その価値を複数以上持たせることができる。
それでいてそれらを勝手に区別して都合のいいように使うことができる。
人間が道具を使う知恵は、
記号という道具に対しても適用されています。
そこに人間の素晴らしい知恵があるように思います。
…って何だか意味不明なことを書きましたー!!笑